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2015.08.13 Thursday

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    東京の下町と「もんじゃ焼き」

    2015.01.13 Tuesday

    私自身、(性格的に)下町向け?ではないと思うのですが、
    下町の雰囲気はすごく好きで、東京の昔ながらの町並みが
    残るところや商店街など、よさそうなところがあると散策に。

    月島に、「もんじゃストリート」というのがあると聞き行ってみると、
    その中心の西仲通り商店街に、何十数軒のもんじゃ屋さんが軒を連ねていました。
    かなり観光客向けではありましたが…。

    *うっかり、商店街ももんじゃ焼きも写真を撮るのを忘れてしまいました…。

    商店街の通りに面した場所には、少しきれいで新しめのお店が
    並んでいましたが、そこから、細い路地へ入ると、そこにも、
    その裏の道にも、たくさんのもんじゃのお店がありました。

    立ち寄ったお店の向かいには、鳥居のある古い家屋が。
    そして、その奥には、高層マンションが林立し、その脇には運河があり、
    商店街の真ん中に月島観音さまが…。
    バンコクの下町風景をちょっと思い出すような場所でした。

    深川のもんじゃ

    月島は、一番古い東京湾の埋め立て地として完成した町で、
    水上交通の大動脈であった江戸の隅田川に堆積した土砂により
    埋め立てられたのだそうです。

    重工業化が進み、鉄工所や機械工場地帯となり、隅田川や運河沿いには、
    たくさんの倉庫が並び、各地から労働者として、たくさんの人が、
    この地に流入し、住宅地としてにぎわっていったようです。

    また、当時は対岸の築地との間を渡し船が渡され、
    船着場に近かった月島には人が集まり、商いの場所となり、
    現在の商店街の原形が作られていったといいます。

    現在の月島の町並みは、近くに聖路加国際病院があることから
    太平洋戦争の戦火を免れ、当時の長屋の古い町並みが今も残され、
    趣ある路地が続いています。
    商店街の真ん中には、東京に現存する最古の交番もあり、
    今でも、警察OBの方が駐在しています。

    当時、商店街や路地裏には、子どもたちでにぎわった駄菓子屋さんが、
    たくさんあり、現在の「もんじゃ焼き」の原型といわれる「文字焼き」は、
    文字や絵を書いて焼き、子どもたちは「文字焼き(もんじゃ焼き)」で、
    文字を学んだのが「もんじゃ焼き」の始まりだという説があります。

    「もんじゃ焼」も「お好み焼き」同様、大阪発祥と思っていましたが、
    大阪のお好み焼き、東京のもんじゃ焼きなのですね。
    でも、当日も、関西からのたくさんの観光客の方が来られていたようで、
    心地よい関西弁があちこちから聞こえ、なんとなく、やっぱり大阪の方が、
    合うかなぁと思ったりしました。

    当時の月島に、労働力として大阪から出てきた人たちも多くいたことでしょう。
    そうした人たちが、東京に「もんじゃ焼き」を広めたのかもしれませんね。

    味はおいしいと思うのですが、やはりその見た目がなんとも…。
    外国の方たちは、これを何と思って食べるのかなぁと思ったりしました。

    *もんじゃファンのみなさん、ごめんなさい…。

    織り人
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      沖縄の泡盛とタイのお米

      2014.09.15 Monday

      今日の新聞に、泡盛トリビア”タイとアワモリのカンケイ”という小さな記事を発見。
      琉球泡盛について、「泡盛百科」というホームページで紹介しているので、
      見てみてくださいね、という広告です。

      泡盛の原料は、インディカ米と呼ばれる細長いタイのお米が使われています。

      琉球王朝時代、泡盛造りは、王府によって管理され、限られた地域だけに、
      製造が許されたものだったそうです。

      大正時代頃までは、王府から支給されていた米と粟を混ぜて作っていた泡盛も、
      現在は、米のみを原料としています。

      泡盛の原料タイ米

      明治頃には、中国や韓国から輸入していた「唐米」の値段が高騰し、
      ベトナムやミャンマー(ビルマ)、台湾など、アジア各地の米が輸入され、
      大正末期に「タイ米」の輸入が始まりました。

      それから現在では、「タイ米」が泡盛の原料として定着し、
      ほとんどの酒造所で使用しているのだそうです。

      これまでに、泡盛にはたくさんの種類の米が使われてきた中で、
      「タイ米」が最適だとして定着した理由としては、

      米麹にした時の作業や、アルコール発酵時の温度管理がしやすく、
      他の米に比べて、アルコールの収穫量が多いからなのだそう。

      お酒造りには、本当に細かな気遣いが必要で、その中で、
      製造や熟成過程での扱いやすさにおいて、「タイ米」は、
      「泡盛」との相性がよかったのですね。

      タイやラオスにも、「泡盛」に似た蒸留酒があります。
      今度、タイのお酒造りも調べてみたいと思います。

      織り人

      参考:泡盛百科HP 沖縄県酒造組合
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        信仰の対象と芸術の源泉である「三保の松原」

        2014.08.31 Sunday

        静岡方面へ出かけた際に、世界文化遺産「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」
        の構成資産の一つに登録された「三保の松原」まで足を延ばしてみました。

        3万本以上の松林が7?にわたり連なる海浜と、駿河湾に見える
        富士山の美しい眺めは、古くから、浮世絵や曼荼羅にも描かれています。

        初め、富士山の世界遺産登録の際には、「三保の松原」は富士山から
        離れていることなどから構成資産から除外するよう勧告を受けていましたが、
        富士山と「三保の松原」は、切っても切れない関係であることを説明し、
        登録に至りました。

        三保の松原の富士山

        富士山信仰と三保の松原の様々な興味深いお話を、ボランティアガイドの方が、
        わかりやすく解説してくださり、とても勉強になりました。

        日本人の富士山に対する「信仰の対象と芸術の源泉」というところを、
        海外の人に理解してもらうのは、なかなか難しかったのではないかと思いました。

        ボランティアガイドさんからは、夏のこの時期は、富士山を見るには、
        一番よくない時期ですねぇ、と言われた通り、ここ「三保の松原」から
        富士山を拝むことはできず…。

        でも、ほんの少し、上の写真の正面に、富士山が映っているのが、
        わかりますでしょうか。
        左に松林、右に海、真ん中に富士山の美しい風景を、
        少し想像することができました。

        富士山

        その日の別の時間、他の場所ですが、ほんの少し、うっすらと、
        海に浮かぶ富士山を見ることができました。

        季節や時間、天候により、様々な顔を見せる富士山。
        やっぱり、日本を代表する「世界文化遺産」ですね。

        織り人
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          栃木の「日本麻フェスティバル」へ

          2014.07.01 Tuesday

          先月の28日、29日に、栃木県鹿沼市で「日本麻フェスティバル」
          が開催されました。

          タイのモン族の麻栽培に関わっていらっしゃる方のFacebookで、
          このフェスティバルのことを知り、おじゃましてみることにしました。
          貴重な情報をありがとうございました。

          ここ鹿沼は、古くから大麻(おおあさ)が栽培されてきました。
          現在でも、生産量は日本一で、全体の70%以上にのぼるそうです。
          また、栃木県内の麻農家さん17軒のうち15軒が、鹿沼市だそうです。
          *22年度の統計より

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          現在では、大麻に含まれる幻覚成分(マリファナ)のために、栽培はかなり制限され、
          許可制になっており、毎年、県知事の許可が必要となっています。

          30年ほど前に盗難が相次ぎ、そのため、幻覚成分を含まない品種が改良され、
          現在、このあたりで栽培されているのは、すべてこの品種(とちぎしろ)だそうです。

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          こちらの大麻畑は、今回の「日本麻フェスティバル」主催の「日本麻振興会」
          代表、大森由久氏の畑で、こちらでのみ撮影が許られているということで、
          お写真を撮らせていただきました。
          栽培許可者以外が、畑の中に入ったり、触ったりしてはいけないそうです。

          大森氏は、江戸時代から続く麻農家の8代目で、日本の麻文化を伝承していくために、
          おととし、「日本麻振興会」を立ち上げ、今年で3回目となる「日本麻フェスティバル」
          を主催されています。

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          今で2メートルを超えるほどの背丈になっていましたが、もうしばらくして、
          7月半ば頃に、収穫が始まるそうです。
          おおよそ、種まきから110日ほどだそうです。

          今回は、収穫の様子は見れなかったのですが、いくつかの動画(YouTube)で、
          鹿沼市の大麻の収穫の様子を見ることができました。

          刈り取るのではなく、何本かをまとめて、手で根っこから引き抜き、
          根と葉を切り落としていく様子がみられました。
          そして、そのあと、釜ゆでして発酵させ、皮をはぎ、繊維を採るという、
          気の遠くなるような工程が待っています。

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          会場の一つとなったのは、小学校の体育館だったのですが、
          そこに飾られていた校章は麻の葉の形をしているようでした。

          ”麻のように、強く丈夫に、すくすくと成長してほしい”という願いを込めて、
          校歌の中に「麻」が使われていたり、校章が麻の葉をモチーフにした小中学校が、
          たくさんあるのだそうです。

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          でも、この葉っぱは、良質の麻の繊維をとるためには、
          ちょっと余分なものでもあるようです…。

          麻畑の中は、かなり密集していますが、これは、密集させることで、
          下の葉が、枯れて落ちるようにするためなのだそうです。
          葉っぱが伸びてしまうと、そこが節?のようになって、
          まっすぐ長い繊維がとれなくなってしまうからだそうです。

          畑の外側の株は、葉っぱがたくさん付いていますので、
          そこの部分は残して、畑の内側の株を収穫するのだそうです。
          昔は、そのまわりの残した株からは、次年度用の種を収穫していたそうです。

          第3回日本麻フェスティバルin栃木

          今回は、麻についてだけでなく、日本の伝統文化、技術を伝承するため、
          地域一丸となって活動されていらっしゃるご様子に、いろいろと勉強させていただきました。
          ありがとうございました。

          織り人
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            「日本民藝館」で考える

            2014.03.13 Thursday

            東京駒場の「日本民藝館」へ行ってきました。

            「日本民藝館」の現在の館長さんは、プロダクトデザイナーの深沢直人氏。
            私が今使っているケータイは、深沢氏によるデザインで、深沢氏のデザインには、
            非常に関心を持っていました。

            初代館長さんは、「民藝」という新しい概念の普及に務めた思想家の柳宗悦氏で、
            前館長さんは、柳宗悦氏の長男でプロダクトデザイナーの柳宗理氏。

            民藝館

            柳氏との出会いは、東北で見たある展示会で、柳宗悦氏が書いた「こぎんの性質」を
            読んだとき
            でした。

            柳氏は、”無名の職人たち”の手よってつくられた日常の美こそがすばらしく、
            それを「民藝」として紹介し、「民藝運動」に力を入れてこられました。

            民藝館

            展示を見ての第一印象は、それぞれの展示物の説明書きが最低限のものであること。

            パンフレットを見ると、”当館では品物の説明書きを意識的に少なくしていますが、
            それは知識で物を見るのではなく、直感で見ることが何よりも肝要であるという、
            柳宗悦の見識によるものです。”と書かれていました。

            民藝館

            これを読み、展示の説明書きを見て、『織り人』がお客さまにご提供してきたこととは、
            真逆のことであると、愕然としました。

            『織り人』で心がけてきたことは、一つひとつの製品が、誰によって、どのように
            作られてきたものか、そして、その民族文化の背景には、どんな歴史があるのか…、
            そういったことを、製品と共にご説明し、よりその製品を身近に、愛おしく感じて
            いただけるように…、と思ってきました。

            民藝館

            来週17日(月)から、『織り人』で販売している製品の生産者の方たちをまわり、
            生産状況や民族文化などを調査し、新しい製品づくりの可能性を探るために、
            タイへ行ってまいります。

            その前に、今後の『織り人』の方向性を、「民藝」という観点から考えてみたいと思い、
            ぜひ出張前に行ってみたいと思っていたのですが、よい刺激を受けることができました。

            タイで、いろいろと感じ、考え、帰国後に、みなさまにさまざまなご報告が、
            できたらいいなと思っています。

            民藝館

            「日本民藝館」には、本館の他に西館(旧柳宗悦氏邸)がありますが(上写真)、
            こちらは、開館日が決まっており、今回はその日に合わせて訪ねてみました。

            想像以上にたくさんの方でにぎわっており、館のスタッフの方にうかがうと、
            2月にNHKの日曜美術館で取り上げられたそうで、そのためか、その日はいつもより、
            たくさんの方がお見えになっていたということでした。

            織り人
            0

              東北の「伝承切り紙の世界」へ

              2014.03.11 Tuesday

              先日訪れた「房総のむら」の「風土記の丘資料館」では、6月8日(日)まで、
              「伝承切り紙の世界」の企画展示がされています。

              伝承切り紙@房総のむら

              この伝承切り紙は、”千葉県指定伝統工芸品「芝原人形」の伝承者で、
              郷土玩具収集家の千葉惣次氏と、写真家の大屋孝男氏が現地を歩いて
              収集・撮影されたもの”だということです。
              *展示パネルより。お二人の著書「東北の伝承切り紙」平凡社があります。

              伝承切り紙@房総のむら

              ”「伝承切り紙」には、?しめ縄のように垂らす「網飾り」、?平面に模様を切り出す「切り透かし」、
              ?芯棒に切り紙を挟んだ「御幣」、?御幣を高く掲げて飾り付けた「梵天」の4種類があります。”
              *展示パネルより。

              伝承切り紙@房総のむら

              その中でも、東北地方の「網飾り」は複雑で素晴らしく、今回の展示の多くは、
              東北各地から収集されたものでした。

              通常は、神事の後などに燃やされてしまうため、残っているものは少なく、
              今では、貴重な資料となっているということです。

              伝承切り紙@房総のむら

              「房総のむら」内に再現されている2軒の農家では、
              室内に展示されたものを見ることができます。

              房総のむら

              伝承切り紙@房総のむら

              織り人
              0

                「房総のむら」で日本の伝統技術や生活様式を体感

                2014.03.10 Monday

                先日、房総地方に古くから伝わる技術や生活様式を体験することによって、
                理解を深めてもらおうという施設「体験博物館 房総のむら」に行ってみました。

                房総のむら

                広い敷地の中に、江戸時代後期から明治にかけての房総の商家や武家屋敷、農家などを、
                当時の景観なども含めて再現した「商家の町並み」エリアがあります。

                この町並みは、香取市(旧佐原市)などに残る古い町並みを参考に、
                そば屋さんや呉服屋さん、お茶屋さんなど16棟ほどが再現されています。

                房総のむら

                ここの売りは、展示だけでなく”来館者が体験できる”「体験博物館」。

                時期により異なるようですが、今の時期は、酒・燃料屋さんでは和ろうそく作り、
                薬屋さんでは七味唐辛子作り、加治屋さんではふいごを使って草取り鎌作りなどが、
                おこなわれていました。

                房総のむら

                時期によっては、呉服店では藍染体験、瀬戸物屋さんでは陶芸体験、
                畳屋さんでは畳のコースター作りなどなど、一年を通して、様々な体験イベントを
                企画しているようです。
                詳しくは、房総のむらのホームページにスケジュールが掲載さています。

                また、それぞれの建物の2階は、展示室になっており、お酒のできるまで(酒・燃料店)や、
                染め織り草木染料について(呉服店)など、それぞれの建物に関連する展示がされています。
                *一部、2階は撮影禁止です。

                房総のむら

                日光江戸村のように広くはありませんが、都心からも近いということもあり、
                いろいろなドラマや映画などの撮影に使われているようです。

                テレビ東京系列で放送されている「和風総本家」の冒頭の豆助(柴犬の子犬)が、
                登場するシーンなども撮影されたことがあるようでした。

                余談ですが、この「和風総本家」は好きな番組の一つで、日本の小さな町工場の職人さんたちが
                つくったものが、海を渡り、世界中で使われていたりする様子を紹介したり、ちょっと感動します。

                房総のむらのタイ映画

                撮影された映画などのポスターが貼られており、その中にタイ映画のポスターも。
                2013年12月公開のタイ映画の撮影もおこなわれたようです。
                どんな映画になったのでしょうか…。

                     房総のむら

                敷地内には、「商家の町並み」以外にも、農家や農村歌舞伎舞台なども再現され、
                まわりには古墳が点在し、実際に出土した石棺が公開されていたりしました。

                房総のむら

                季節折々の草花も楽しめ、4月7日8日は「桜まつり」が開催されるようです。
                ゆっくり歩きながら散策するのによいところです。

                織り人
                0

                  街全体が染め物ギャラリー「染の小道」染めの街をよみがえらせます!

                  2014.03.02 Sunday

                  2月28日〜3月2日まで、新宿区(落合・中井地域)の地場産業であった染色業を通じて、
                  街の活性化を図るイベント「染の小道(そめのこみち)」が開催されていました。

                  その中で、「川のギャラリー」と題して、”当時の街の記憶を現代に甦らせるため”、
                  「妙正寺川」にかかる寺斉橋の周辺に、江戸更紗(さらさ)や小紋染めなどの
                  色とりどりの反物が架け渡されました。

                  染の小道

                  戦後間もない頃の「東京」は、「京都」や「金沢」に並ぶ”染め”の三大産地で、
                  その中心だったのが、水質に恵まれた「神田川」と「妙正寺川」流域だったそうです。

                  昭和初期から30年代まで、流域では300軒を超える染め工場などの染色関連業が集積し、
                  川のあちこちで染め物の水洗いをする風景がみられたそうです。

                  染の小道

                  今でも、川沿いには染め工場などの建物が残り、現在はギャラリーやお店などとして利用され、
                  イベント当日は、染め体験や、着物や和小物の販売などがおこなわれていました。

                  染の小道

                  ”「染の小道」は、落合、中井界隈を「染めの街」として再び日本や世界へ発信すること、
                  そして、地域が大切にしてきた価値や環境を多くの方々に直接体験していただき、
                  地元の活性化につなげることを目的とした住民主体のイベント”で、
                  地元住民のみなさん、若手染色職人、街の商店街の方たちが協力して開催されています。

                  染の小道

                  地域の人たちにも、染めに親しんでもらおうと、学園祭や、地元のイベント、
                  近隣の小学校の授業などで反物を染めてもらう「百人染め」を企画し、
                  当日は、たくさんの方たちの手で染められた反物が「川のギャラリー」に、
                  展示されていました(下写真)。

                  染の小道

                  他にも、プロの染色作家さんや、染色を勉強する学生さんたちが制作した「のれん」が、
                  「道のギャラリー」として、商店街の店舗の軒先に飾られていました(下写真)。

                  「型染め」「友禅染め」「江戸小紋」「絞り染め」「紅型染め」「草木染め」…、
                  さまざまな技法をこらした作品で、それぞれに番号がふられ、解説のパネルが、
                  一緒に吊り下げ展示されていました。

                  染の小道

                  中には、小料理屋さんの焼き鳥やビールの図柄、自転車屋さんの自転車を
                  モチーフにしたものなどがあり、街全体を歩きながら楽しめるようになっていました。

                  今風に着物を着こなした若い女性や男性の姿もみられ、こんな風に、日本の伝統技術が、
                  日々の日常に戻ってくるのもいいものだなぁと思いながら、街歩きをしました。

                  染の小道

                  あいにくの天気で、架けられた「反物」も「のれん」も、予定よりも少なくなって
                  しまったようですが、それでも、たくさんの方たちが見に来られていましたし、
                  長い時間をかけ、地元の方たちが一丸となって、作り上げてきたことが、
                  伝わってくるイベントでした。

                  ”去年は、風が強くて大変だったのよぉ”と、地元のおばあさまが話されているのが聞こえてきました。

                  時間をかけて、丁寧に作り上げてきたものでも、自然には勝てず、野外のイベントは、
                  本当に大変だと思いますが、地元のみなさんの想いは訪れた人たちに届いたのではないかと思います。

                  織り人

                  参考:「染の小道」ホームページ
                     「染の小道2014」配布用パンフレット
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                    畑仕事に欠かせない「南部菱刺しの股引(たっつけ)」

                    2014.02.27 Thursday

                    先日訪れたアミューズミュージアムの「BORO展」には、「津軽こぎん刺し」や、
                    「南部菱刺しの着物」、「股引(たっつけ)」なども展示されていました。

                    BORO展のこぎん

                    下の写真は、上の写真の手前の着物のすそ部分をアップにしたものです。

                    この着物の上の白い部分もすべて刺し子で、織り模様のようにみえますが、
                    濃紺の麻布に太めの白い木綿糸で、模様がさしてあります。

                    BORO展のこぎん

                    常設展である「BORO展」の他に、3月30日までは、開館5周年記念特別展として、
                    「ワークウェアを超えたアート 〜布への想いが美を作りだす〜」と題した
                    企画展が開催され、「南部股引(たっつけ)」の展示がされていました。

                    「股引(たっつけ)」とは、膝から下が細くなり、下部が脚絆(きゃはん)のように
                    仕立ててあるズボンのようなもので、女性が農作業の時に身に付けるものでした。
                    現在は、刺し子着物と並んで、重要有形民俗文化財に指定されています。

                    エンターテイメントに長けたアミューズが運営する施設だけあって、展示方法に、
                    少々びっくりしましたが…、”120年前の「普通の女の子」たちが生み出した、
                    単なる作業着以上のおしゃれであった”ということをテーマにした展示となっています。

                    AMUSE MUSEUM BORO展

                    股引(たっつけ)一枚一枚の菱刺しの模様は、本当に緻密で、色合いも味があり、
                    おしゃれで、今でも十分はけそうな感じがします。

                    作業着であり下着でもある股引(たっつけ)に、装飾を施しているのは南部だけで、
                    津軽など他の地域では見られないめずらしいものなのだそうです。

                    みちのくの古布の世界 田中忠三郎

                    これら股引(たっつけ)の菱刺し模様は、これまでの調査で400種類を超えるほどだといいます。
                    「南部菱刺し」は、拡大したり連結したりしても、基本は「菱形」で統一されているのが特徴で、
                    その中には、「梅の花」や「キジの足」など、身のまわりの動植物がモチーフとなっていたり、
                    色合いなども、刺し手の好みで自由に表現してよかったのだそうです。

                    しかしながら、「菱形」という制約があるため、刺し手以外の人からは、何をモチーフに
                    しているのかはわかりづらいところがあり、その集落内だけ、またはその家の人だけ…など、
                    かなり限られた範囲で作られていった模様がたくさんあり、そのため菱刺し模様の種類は多く、
                    その地域性がよくあらわれるようになったいったようです。

                    ここで展示されている股引(たっつけ)も、一枚一枚それぞれすべて異なる菱刺し模様です。

                    AMUSE MUSEUM BORO展

                    この展示の中で興味深かったのは、数ある模様の違い以上に、それぞれの調査資料です。
                    どこの村で、いつ使われていたものか、誰が、どんな時にはいていたのか…、
                    サイズや模様についてなど、一枚一枚の股引(たっつけ)ごとの詳細が書かれたものです。

                    これらはすべて、実際に青森の農村の女性たちがはいていたもので、こうした資料と合わせてみると、
                    この股引(たっつけ)をはいて農作業をしている若い女性たちの姿、おばあちゃんたちの姿が、
                    目に浮かぶようです。

                    AMUSE MUSEUM BORO展

                    もともとは、布地を丈夫にしたり、ほつれを補強することを目的とした刺し子ですが、
                    ただそれだけではなく、作業着であっても、”せっかくならきれいに、おしゃれに…”、
                    ”誰にも負けない一枚を…”というのは、モン族やミェン族の人たちの民族衣裳の刺繍も同じです。

                    ”刺繍(刺し子)”文化は、国や地域が異なって、その目的、原点は同じなのだなぁと思います。

                    織り人

                    参考資料:図説みちのくの古布の世界 田中忠三郎著 河出書房新社
                    *アミューズミュージアムの展示資料はすべて、触ることも写真の撮影も許可されています。
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                      狭い路地に囲まれた長屋を再現「下町風俗資料館」

                      2014.02.17 Monday

                      上野に「下町風俗資料館」というのがあるのをご存知ですか?

                      上野では、動物園や美術館、博物館などへ行くことはあっても、
                      この資料館のことを今まで知らなかったのです。
                      ぐるっとパス」の中にあったので、行ってみました。

                      ”江戸の名残のある明治大正頃までの下町は、関東大震災や戦災によって、その面影をなくし、
                      その後の経済発展とともに、人々の暮らしや古き良き下町文化は失われていきました。
                      「下町風俗資料館」は、そうした大切な記憶を残していきたいと、昭和55年(1980年)に、
                      不忍池に面したところに建てられました。”

                      1階には、大正時代の東京下町の街並みが再現されています(1階は写真撮影OK)。

                      下の写真は、花緒の製造卸問屋さん。
                      当時の問屋や商家、長屋などが再現されています。

                      下町風俗資料館

                      狭い路地に囲まれた裏店(うらだな)の長屋のお菓子屋さんや、
                      長屋に住む庶民の暮らしの様子を見ることができます。

                      通りに面したところを「大店(おおだな)」といい、「裏店」とは”江戸時代の
                      江戸や大坂などの大都市の町人居住地で、表通りに面していない路地裏に建てられた
                      小商人、職人、日雇い労働者などの借家住居のことです。
                      多くは、こうした長屋建てで、”裏長屋”とも呼ばれていました。

                      展示されている調度品や生活道具は、実際に使われていたものだそうです。

                           下町風俗資料館

                      以前、江戸東京博物館に行ったときに見た、江戸の町並みを再現したミニチュア模型や、
                      こうした実物大の展示を見ると、なんとも言えないわくわく感があるのです。

                      たぶん、もうその時を体験することはできないし、今後見ることができない世界、
                      絶対に戻れない世界を見ることができることに、わくわくするのです。
                      タイの村々を訪ねた時のような、今の自分の生活とは違う世界の中に入り込み、
                      あたかもそこの住民になれたような錯覚に陥ることができる、そんなわくわく感を、
                      得ることができるのが好きなのだと思います。

                      「下町風俗資料館」では、3月2日まで、明治期以降の女性の服装や生活道具などを
                      紹介する企画展「女性たちの装いと暮らし〜明治から昭和へ〜」が開催されています。

                      そんなに広い建物ではありませんが、昔の遊びを体験できるコーナーでは、
                      外国からの観光客の方たちが、楽しそうに盛り上がっていました。

                      織り人

                      参考:台東区立下町風俗資料館ホームページ
                         ” ”内は、上記ホームページの内容を参照しました。
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