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2015.08.13 Thursday

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    広島の「麻の古市を伝える会」のみなさんのお話

    2014.07.02 Wednesday

    先週の「日本麻フェスティバルin栃木」では、「麻に関する伝統文化・
    生活文化の展示と実演」として、麻糸づくりの実演や野州麻の生産道具
    を紹介するブース設けられていました。

    その中で、フメウミ機(畳表縦糸撚機)の実演をされていらしたのが、
    広島から来られていた「麻の古市を伝える会」のみなさまでした。

    このフメウミ機は、畳の縦糸を作るために、麻の繊維を撚るためのものだそうです。

    第3回日本麻フェスティバルin栃木

    タイの村でも、例えば織機などは手作りで、使い勝手のよいように、日々、
    改良が加えられ、地域ごと、民族ごとの特徴があらわれてくるものです。

    このフメウミ機についても、お話を聞いてみると、
    実演されていた男性は、実際にされていたことがあるというわけではなく、
    昨年の「麻フェスティバルin徳島」で、見よう見まねで始めたということでした。

    ”この糸は、織機にはかけれないなぁ。すぐ切れちゃうよ。”とおっしゃってました。

    ご自分の家では、麻関連のお仕事はされていなかったようですが、
    子どもの頃、農作業のひと段落した農閑期に、このフメウミ機を、
    お父さまが作って、売っていたのを覚えている、ということでした。

    今回の実演用のものは、一部は当時使っていた部品を使い、
    復元したものだそうです。

    下写真(手織り中継ぎ機)の縦糸になっているのが、フメウミ機で撚りをかけた麻糸です。

    畳の縦糸の麻

    古市地区は、明治から大正にかけて、主に、麻の茎の皮を釜ゆでして繊維にする
    ”煮こぎ屋”と呼ばれる加工場がたくさんあったそうです。

    古市でも、麻の栽培はおこなっていたようですが、鹿沼の「野州麻」は、
    繊維が長く品質がよいことで有名で、多くの大麻は、鹿沼から、
    買い付けられたものだったそうです。

    麻の栽培そのものよりも、麻苧(あさお:麻の繊維を原料として作った糸)
    の製造で栄えた町だったようです。
    ”煮こぎ屋”、”糸ひき屋”など、地域内で細かく分業されていたそうです。

    質のいいものは麻苧(麻糸)に、次によいものは蚊帳に、
    そして残ったものは漁網に…、とさまざまな麻製品が作られ、
    西日本では、有数の漁網の産地として、有名だったそうです。

    第3回日本麻フェスティバルin栃木

    「麻の古市を伝える会」の代表を務める御年80歳のおばあさまや、
    広島市古市公民館の方が、当時の道具や写真を見ながら、
    いろいろとお話してくださいました。

    古市が麻で有名だったということは、今では、町にその面影もなく、
    当時を知る人も少なくなってきてしまっている中、自分たちの地域のことを、
    少しでも”次の世代につなげていきたい”という願いから、会が設立され、
    月に数回、公民館に集まり、古市と麻について学んでいるのだそうです。

    こうした道具は、地域の人たちが無償で提供してくださったもので、
    公民館に展示し、小学校へ出張授業へ出かけたり、イベントを企画し、
    紹介しているのだそうです。

    織り人


    参考資料:「麻の古市」昭和58年 広島市安古市公民館 発行
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      世界的に評価を受けているみちのくのアート「BORO(ぼろ)」

      2014.02.26 Wednesday

      先日、「布文化と浮世絵の美術館 アミューズミュージアム」に行ってきました。
      この美術館では、常設で「BORO展」という展示をしており、以前から、
      行ってみたかったところでした。

      「BORO展」に展示されていたのは、寒い東北で、綿の代わりに、布をどんどん重ね合わせて、
      13?ほどにもなった布団を兼ねた夜着の「ドンジャ(下写真の右手前に吊り下がっているもの)」。

      AMUSE MUSEUM BORO展

      布を継ぎはぎ、継ぎはぎ、代々着られてきた作業着としての「ドンジャ(下写真)」や、
      シャツ(上写真の左奥の壁にかかっているシャツ)。

      稲わらや枯草を敷きつめた上に敷いた敷布「ボドコ」や、ぼろぼろになった端切れを、
      細長く裂き、さらに織りなおした掛布団(上写真奥のつきあたりにかかている布)など。

      実際に、青森の農村で、長年使われ続けてきたものが展示されています。

      AMUSE MUSEUM BORO展

      ほころびに布を重ね、継ぎ足し継ぎ足し使っていた足袋(下写真)も展示されています。

      このミュージアムを運営しているのは、いわゆる芸能事務所というのでしょうか、
      多くの歌手や俳優が所属する「アミューズ」です。

      これまで、日本のエンターテインメントビジネスをおこなってきたアミューズがなぜ?と不思議だったのですが、
      ”日本人だからこそ生み出せたグラフィック、プロダクトデザイン、テキスタイルアート。
      世界に誇る日本の文化「和」、そして「美」と「技術」を、新たな切り口で紹介”するために、
      2009年に、この「アミューズミュージアム」をオープンさせたのだそう。

      そのため、「BORO(ぼろ)」を、アート作品としてとらえた展示がされています。

      ”今や「BORO」として世界共通語となるほど、アート・テキスタイルデザインの分野で高く評価され、
      欧米の染織美術、現代美術のコレクターから買い求められている”のだそうです。

      これは、山岳民族の民族衣裳や民具などが、どんどん国外へ流出してしまっているのと同じですね…。
      世界的に評価されることはうれしいことですが、そうなると、本来あるべきところからは、
      姿を消えていってしまうというのは、少しさみしいような気がしますが…。

      そうした意味でも、日本国内にこうして保管され、展示して紹介される場所があるということは、
      貴重なことだと思います。

      BORO展のこぎん

      これらの「BORO展」のコレクションは、すべて民俗学者であり、民俗民具研究家であった
      田中忠三郎氏が収集したものです。

      2009年の開館当初から、アミューズミュージアムの(名誉)館長を務めてこられ、
      昨年(2013年)に亡くなられるまで、40年以上にわたり、民俗学研究のかたわら、
      収集してきたものです。

      田中忠三郎氏

      展示されているものは、実際につかわれていたものだからこそ、先日見た中国の
      少数民族の民族衣裳
      のように、そのものから伝わってくる時間の流れを感じ、
      その当時の情景を思い描くことができるのだと思います。

      展示資料は、すべて触ってもよく、これは、ずっと使われてきた”ぼろ”であるからこそ、
      これからも人に触られ、変化していく布の風合いを感じてもらえるように…、
      ということなのかな…と思います。

      AMUSE MUSEUM BORO展

      場所は、浅草の浅草寺のすぐ隣にあり、屋上からは、浅草寺と五重塔、スカイツリーを臨めます。

      1階にはミュージアムショップ、6階にはライトアップされる浅草寺と五重塔を
      眺められるBarなども併設されており、ちょっとした浅草の穴場スポットかもしれません。

      AMUSE MUSEUM

      展示資料については、他にも興味深いものがいろいろとありましたので、
      また回をわけてご紹介したいと思います。

      織り人

           AMUSE MUSEUM とスカイツリー

      *「” ”内は、アミューズミュージアムのホームページより引用。

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        ちょっと気になっているもの

        2012.12.13 Thursday

        先週末は、日本全域で雪模様となったようですが、土曜日の山形での販売が終わり、
        仙台にたどり着くと仙台も雪が本格的に降りだし、次の日の朝は、一面銀世界でした。

        仙台の初雪


        寒さも、日に日に厳しくなり、冬の苦手な私は、
        昔、購入した湯たんぽを引っ張りだしてきて使っています。

        この節電、エコブームに乗っかったわけではなく、
        昔から基本的に冷暖房をあまり使わないので、
        だいぶ昔に買っていたものです。

        こちらに来てから、足の冷えがひどく、
        「そうだ、湯たんぽがあったんだ。」と思い出し、
        今は毎日使っています。

        実は、前に使っていた時は、お湯を入れ替えるのが、案外めんどうで…、
        あまり使っていなかったのですが、久しぶりに使ってみたら、
        なんてあたたかいのだろうと、ただ単純にお湯を入れただけの仕組みに、
        改めて感心しました。

        ゆたんぽ


        そして、今、気になっているのがやわらか湯たんぽ

        この商品を開発したは、ヘルメット潜水株式会社という、
        創業30年(1982年設立)の大分県国東市にある、
        今は廃校になった中学校の校舎を使っている会社です。

        もともとはウエットスーツ専門のメーカーで、国内外のブランドメーカに協力し、
        ウエットスーツを製作していた会社だそうです。

        この会社が、起死回生をねらい取り組んだのが、やわらか湯たんぽ
        断熱性の高いウエットスーツの生地をいかした、新たな商品が誕生したのです。

        足に履くタイプの湯たんぽ、あったかいまま歩けるなんて!
        お値段は、さすがによいお値段なので、とりあえずは今は、見るだけで楽しんでいます。

        テレビでもたくさん取り上げられ、残念ながら、ほとんどの商品が売切れ状態で、
        入荷までに、1〜3ヶ月ほどかかるということで、今からご希望の方は、
        この冬にはちょっと、間に合わないかもしれません…ね。

        人気が出てくると、その生産が間に合わなくなってしまう…、
        これは、丁寧に一つひとつ手作りしている製品には、いつも付いくる問題ですが、
        そうした製品でも、継続して、機械化することなく、販売を続けていくためには、
        どういう販売方法があるのだろうかと、いつも考えてしまうことです。

        今、フランスでは「お弁当」ブームなのだそうです。
        その名もCASA Bentoというフランスの会社では、
        日本の職人さんが一つひとつ手づくりしている曲げわっぱのお弁当箱を紹介しています。

        このお弁当箱をつくっているのは、確か20代くらいの若い男性で、
        小さい時に使っていた曲げわっぱのお弁当箱が忘れられず、
        職人さんのもとに弟子入りし、今はひとり独立してがんばっているという人でした。

        彼も、小さい時は、みんなが使っているような、カラフルなプラスチックのお弁当箱にあこがれ、
        母親に頼み、他のに替えてもらったそうです。
        でも、ごはんの味が全然違い、すぐにまた、わっぱの弁当箱をつかうようになったそうです。

        こういう、小さな企業の、町工場の、ひとりの職人さんの、そこだけにある技術が、
        世界で通用するというのは、本当にすごいことだと思います。

        スケートの伊藤みどり選手や中野友加里選手のスケート靴も、
        大阪のひとりの職人さんが、一つひとつ手でつくり上げているそうです。

        こうした伝統的な、代々伝わってきた技術をいかして、
        新たな、今につかわれる商品をつくっているところに、いつも惹かれます。

        そういう職人さんたちの手仕事のつまった商品ばかりを集めた職人.comも、
        なかなか興味深く、おもしろいサイトです。


        参考HP:公益財団法人日本オリンピック委員会コラム
             やわらか湯たんぽ販売サイトCLO'zクロッツ
             弁当箱とランチグッズCasa Bento
             職人.com



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          福島の民家園の座織り(腰機)

          2012.11.01 Thursday

          先日、福島市の民家園へ行ってきました。

          紅葉には少し早かったようでしたが、少しずつ色づき始めていて、とてもきれいでした。

          福島の民家園


          イチョウ並木は、この紅葉の期間、夜はライトアップされるそうです。

          福島の民家園


          この民家園は、江戸時代中期から明治時代中期にかけての福島県北地方の民家を中心に、
          当時の環境を再現しているものです。
          園内には、会津地方の民家、芝居小屋、商人宿などが移築、復原されています。

          これは、明治10年代に、旧会津街道と米沢街道の分岐点に建てられた
          1階がタバコなどを販売する商店になっている商人宿です。

          福島の民家園


          東北の農村民家としての特徴のある「曲がり屋」。
          人と馬が一つ屋根の下に暮らす構造になっていて、人が生活する母屋と
          馬が生活する馬屋がLの字状につながり、一軒の家になっています。

          寒い冬を、少しでもあたたかくしてあげたいという、
          馬と共に生きる人々の思いやりの気持ちが、
          こうした家の造りを生んだのですね。

          下の写真は、向かって右側が母屋、左側が馬屋となっています。

          福島の民家園


          多くの民家に残されていたのが、機織り機や糸車。
          東北で主におこなわれていたのは、腰帯で経糸を張り、織っていく座織り(腰機:こしばた)です。

          福島の民家園


          カレン族の人たちも腰機をつかって機織りをしますが、これは、織り機の原点ともいえる機(はた)で、
          最もシンプルで原始的な織機と言われています。

          福島の民家園


          東北の文化を知れば知るほど、タイの山岳民族の人たちとの共通する文化や手しごとがみられ、
          本当に興味深いことです。

          カレン族の人たちの織りについては、いろいろと調べてみたいと思っています。
          きっと、新たな共通点をたくさん発見することができると思います。

          織り人

          福島の民家園




          【参考HP】福島市民家園



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            日本民芸館館長デザイナー深沢直人氏

            2012.09.25 Tuesday

            東京駒場にある日本民藝館の館長に、プロダクトデザイナーの深沢直人氏が任命されたそうです。

            この記事にもあるように、「なぜデザイナーが館長に?」と思われる方も多いのかもしれませんが、
            私は、これを見て、これは面白くなるなぁ…と楽しみになりました。

            日本民芸館_河北新報


            私が深沢直人氏を知ったのは、携帯電話。
            当時私は、ケータイなんて何でもいいと、持ち始めたのも、かなり遅かったと思います。
            でも、適当に一番安いケータイを買ってすぐに、あるケータイに一目惚れし、
            買ってしまったのです。
            それが、深沢氏がデザインしたInfobarというケータイでした。
            それ以来、代々Infobarで、Infobar以外の機種には見向きもしていません。

            深沢直人氏デザインのInfobarシリーズ


            初めは、まだ深沢氏の名前は知らなかったのですが、
            そのあと、まわりをいろいろ見ていると、これいい!と思うと、
            深沢氏のデザインのものだったりしました。

            今ではかなりの人気の無印良品。
            これおしゃれだなぁと思ってみてみると、深沢氏のデザインだということがよくありました。
            深沢氏は、無印良品のデザイナー兼アドバイザリーボードメンバーであると知り、
            無印良品が、お客さまの心を惹きつけているのも、納得しました。

            初代Infobarは、ボタンの部分が丸みを帯びて、タイルのようになっています。
            この色合いと、ボタンを押す時の感触、全体をなでた時のさわり心地…、
            実用性とはほど遠いところにあるように見える部分に、細かな細工がほどこされているのです。

            深沢直人氏デザインの初代Infobar


            ずっと使っていたかったのですが、使用不可機種になり、やむなく機種変更することに。
            2代目は、全体が飴のイメージだそうで、ボタン部分ではなく、全体が丸みをおび、
            さらに、このミドリの表面は、ちょっとざらざらした感じのマッド加工が施されていて、
            これまた、触った感触が何ともいえない感じなのです。

            深沢直人氏デザインの2代目Infobar


            スマートフォンも、他のメーカーや機種は、カクカクとした感じがあり、ボタンもないものが多いですが、
            Infobarは、これもまた、全体的に丸く、飴っぽいボタンがついていて、持った時の感触が、他とは全然違いました。

            深沢直人氏デザインの3 代目Infobar


            日本民藝館の初代館長は、民藝思想の普及や地方の手仕事の振興などに力を注ぎ、
            こぎんの性質などを記した柳宗悦氏。

            柳氏は、日本各地の焼き物や染織、日用雑器など、高価な古美術品でもない、
            世の中には正当に評価されてこなかった、無名の職人たちの手よる民衆の日常品の美を見つけ、
            世に「民藝」として紹介し、民藝運動に力を入れていた方でした。

            深沢氏は「民芸」と「デザイン」は同義と考え、「庶民の生活の中の、昔からある手仕事の中に潜んでいる」、
            「デザインはスペシャルなものだと思われがちだが、本当は日常生活に根差したものだと思う」と。

            深沢氏の「器や家具をガラスケースに入れても意味がない。生活が背景にあるから美しい」
            という言葉は、まさに織り人のコンセプトそのものです。

            それぞれの民族の古布や骨董はすてきですが、そうした美術館に飾られるような
            「もの」をつくりたいのではなくて、人がつかう「もの」をつくりたい。

            売れるものとは、実用的な「もの」かもしれませんが、
            人はただ単に、実用性だけを求めて「もの」を選んでいるわけではないのでしょう。
            人が求め、使う「もの」には、ひそかな楽しみ、民衆(民族)デザインの数々が
            ちりばめられているものなのではないかなと思っています。

            織り人では、モン族やカレン族…、それぞれの民族の生活の中にある、
            民族起源(Origin)の手仕事の中にある、特別な「デザイン」を見つけ出し、
            実用的なものの中に、一見「無駄」に見えるような楽しみ(デザイン)を
            埋め込んだ、そんな「もの」をつくっていけたら…と思っています。

            織り人

            【参考資料】河北新報(20120918付)
            【参考HP】 日本民藝館つがる工芸店

            2代目Infobarにつけているストラップは、こちらのタイ文字ストラップです。


            アジアのフェアトレード雑貨OnlineShop「織り人(Orijin)」

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              地域の伝統文化をいかした新たな取り組み

              2012.07.20 Friday

              2012年7月16日河北新報朝刊の記事。
              石巻市の仮設住宅の女性たちがつくった漁網ミサンガが人気だそうです。

              石巻市雄勝町名振地区は、もともと漁業の町。
              震災で深刻な被害を受け、漁業の復興に向けてがんばっています。
              そんな中、新たな生活への再出発を願い、漁に使う網の補修糸を使って、
              女性たちがミサンガをつくったのがはじまりだそうです。

              石巻市雄勝町名振地区仮設住宅の女性たちが製作した漁網ミサンガが人気


              ミサンガは、本来は、ずっと手首に巻き、切れた時に願いが叶うと言われていますが、
              このミサンガは、100%漁網でつくっているので、絶対に切れないのだそう…。
              でも、それは、「人の絆は切れない」という想いをこめているそうです。

              ある会社の国旗柄をモチーフにしたミサンガの注文をきっかけに、ロンドン五輪開幕目前の今、
              注文が殺到しているそうです。

              仮設住宅でのこうした活動は、いろいろな団体・個人が取り組んでいますが、
              人々が集まる場をつくる、という意味合いだけでなく、ある程度の収入を得るためには、
              ビジネスとして成り立たせなくてはなりません。
              そのためのポイントは、やはり、その地域の伝統や文化をいかしつつ、
              その地域特有の素材をうまく利用することにあるのだと思います。

              織り人

              【参照HP】トモノテ −復興支援プロジェクト−
              【出典】河北新報2012年7月16日付朝刊


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                ウニ染めと水産廃棄物の再利用

                2012.07.19 Thursday

                ウニ祭りで、殻付きのウニを食べました。
                ウニは、ちょっと苦手なのですが、とれたては、なかなかおいしかったです。

                殻付きだったので、ウニの針をつかみながら、中身を食べていると、
                指が紫色に染まってしまいました。
                それを見て、きっと「ウニ染め」ができるのではないかと思い、調べてみると、
                岩手県宮古市の方が、世界で初めて、ウニの殻を染料にすることに成功したそうです。
                この方も、殻を割る時に、手がウニの色で染まり、なかなか取れなかったことから、
                「ウニ染め」を思いついたそうです。

                ウニは、雑食性でいろいろなものを食べるので、収穫時期や生息場所、鮮度の他に、
                食べたものによっても染めの色が違っていくのだそうです。
                昆布やワカメを食べているウニは、茜色に近い色になったり、
                染めてみないと、どんな色になるのかわからないのが、ウニ染めの魅力だそう。

                ウニから取れた淡い色の染料で、オレンジや紫、ピンクなど、さまざまな色合いに染まり、
                そうした、微妙な色の違いが人気となっているようです。

                女川うに祭り


                一番大変だったのが、臭いを取ること。
                新鮮な殻が手に入るウニの口開け時期以外は、使える量も限られ、
                時間が経てば経つほど、臭くなっていきます。

                ある漁師さんが、魚を切ったまな板など、米のとぎ汁で洗うといいと聞き、
                染料にとぎ汁を加えたところ、臭いが消えたそうです。
                東南アジアの草木染めも同じですが、代々受け継がれてきた染料のつくり方があり、
                そうした先人の知恵がつまったものが染織なのだと思いました。

                ウニの殻以外にも、港には、一面にホタテの殻が積まれています。
                ホタテの貝殻は、東北・北海道で年間何十万トンにもなり、再利用されているのは、
                そのうちの4分の1程度だそうです。
                各県では、その処理費用に頭を悩ませ、いろいろな再利用の可能性を模索しているようです。
                ホタテの殻は、コンクリート材料や路面凍結防止剤、土壌改良剤、住宅用建材などとして、
                使われるようになってきているようですが、最近ではマネキンとしての新たな再利用や、
                歯科材料としての研究も進んでいるようです。

                ウニやホタテの殻など、産業廃棄物となってしまうものを、有効に再利用できる方法が、
                どんどん確立され、ビジネスとして成り立っていくといいですね。

                織り人

                【参照HP】いわて三陸の旅 岩手県北部陸中海岸観光ポータルサイト
                「特集 春を待つ三陸・宮古へ うれしい出会い、いろいろ−
                三陸の味、おいしいウニが染物に 世界初の技術を宮古から発信」



                アジアのフェアトレード雑貨OnlineShop「織り人(Orijin)」

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                  新聞の切り抜きで情報収集_青森のこぎんについて

                  2012.07.17 Tuesday

                  私の好きなことの一つが、新聞を切り抜くこと。

                  自分の興味のあることや、イベント情報など、気になるものがあると、
                  つい切り抜いてしまいます。
                  でも、切り抜いたことに満足し、切り抜いた紙がその辺に散らばり、
                  せっかく楽しみにしていたのに、行きそびれてしまったイベントも多々あります…。

                  4月から開催していた「北国の染織」展は、絶対に見に行こうと、
                  新聞などでその記事を見かけるたびに何度も切り抜いていながら、
                  結局、行ったのは、つい先日の最終日でした…。

                  新聞の切り抜き


                  北国の染織を見ると、アジアの山岳民族との共通点に驚かされることがたくさんあります。

                  最近、興味深く思っているのが、東北地方の染織、特に青森のこぎんや北海道のアイヌの文様などが、
                  タイやラオスのモン族やミェン族、ルー族など山岳民族の文様と似ていたり、その染織、刺繍の技術は、
                  自分たちの生活に必要なものをつくるために、母から子へ代々伝承され、今に残されていること。

                  東北地方の雪国では、長い冬の間、まわりは雪に覆われ、他の地域との接触が制限され、
                  文化の交流が限られてきました。
                  東南アジアの山岳地域のように山奥の村は、隣村へ行くのにも、ひと山越えなくてはならず、
                  まわりから隔離された立地であったことなどが、同じような文化をつくり上げてきたのでしょうか。

                  北国の染織展


                  昭和7年2月に発行された「工藝14号」に掲載された柳宗悦氏の「こぎんの性質」を読むと、
                  紺の麻布は奥羽地方の土民の衣服であり、刺し子(こぎん)は、その破れを繕うことから生まれ、
                  布目にそって、ほつれを埋めていき、それがそのまま模様になっていった。
                  それから、木綿の糸がなんとか手に入るようになり、寒く冷たい麻布をあたたかくするために、
                  こぎんは発達していったといいます。

                  モン族は、長い間、大国の迫害を受け、山岳地を移動する生活を余儀なくされ、
                  日本の東北地方同様、麻布のみ、自ら栽培し、身につけることがでました。
                  その麻布のほつれを何度も、何度も繕っていき、朝晩の寒さをしのぐための、
                  あたたかい布をつくるためにも、刺繍やアップリケの技法が発展し、
                  それが、代々受け継がれてきたのでしょう。

                  モン族は、元々文字を持たない民族でしたが、モン族が経験してきた民族間の争いの悲劇、
                  自らの歴史を代々伝えてくために、刺繍の技術が発達したともいわれています。
                  こうした、悲しい歴史、過酷な生活、閉ざされた環境が、独自の文化を生むということなのでしょうか。
                  もしそうであれば、それは悲しいことですが、一方では、どんな困難なつらい生活の中でも、
                  人は、つらいことを楽しみに変え、素敵なものを素敵だと思う気持ちを、持ち続けることが
                  できるものなのだなと思いました。

                  織り人

                  【参照HP】「津軽工芸店


                  アジアのフェアトレード雑貨OnlineShop「織り人(Orijin)」

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                    古布のリメイク商品

                    2012.07.14 Saturday

                    ずっと前のことですが、私が民族ごとの手しごとに興味を持ったきっかけは、
                    アジアやアフリカの市場で見かけた、古布や骨董だったと思います。

                    それぞれの民族が、自分たちが使うためにつくったもの、
                    家族のために、何ヶ月もかけて刺繍し、縫い上げた民族衣装…。
                    どれも、誰かに売るためのものではなく、自分たちのために、
                    家族のために、心を込めてつくったもの。
                    だからこそ、本当に魅力的なものばかりなんだと思います。

                    今は、そうした「古いもの」に似せた「新しいもの」もたくさん出てきました。
                    マーケットでは、古布を使ったバッグやポーチ、ゾウの人形なんかも見かけるようになってきました。

                    タイ北部チャンマイのモン族マーケット


                    長い時間をかけて、手をかけて作り上げられた古布をリメイクした商品は、
                    すてきなだなぁと思う製品に生まれ変わることができたものもありますが、
                    時には、大切な柄の真ん中で切られてしまっていたり、まがって縫い付けられていたり、
                    使われている布がかわいそうになるような使われ方をしていて、
                    見ていて悲しくなるようなものもあります。

                    ベトナム北部サパの黒モン族のアップリケ


                    確かに、古布はすてきで、私も大好きです。
                    でも、「織り人」では、古布のリメイク商品をつくるのではなく、
                    美術館や博物館に飾られているような製品をつくるのではなく、
                    ふつうに、気軽に買え、気楽に使ってもらえるものを作りたいと思っています。

                    現代の刺繍やアップリケであっても、すてきなものはできると思うのです。
                    今新しいといわれる刺繍やアップリケが、いろいろな人たちに使われて、
                    次の世代にも残っていくような、そんなものがつくれたらいいなと思っています。

                    人に使ってもらうためにつくるものだから、いいものができるのだと思います。
                    そういう、お客さまのことを想ってつくるものづくりをしていきたいと思っています。

                    織り人


                    アジアのフェアトレード雑貨OnlineShop「織り人(Orijin)」

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